がたぴし翁

がたぴし翁が住んでいるというここまで来たのだから挨拶をしていこうと靴を脱いで上がっていったらちゃんと列に並んでくれと怒られてしまい肩の間でしゅんとしているそれで長いこと待ってきんぴかの仏像と立ち話などしているとあんたは親戚の者か と追求の手…

入院譚

待合室には薄暗い死角がありその奥から話し声が聞こえてきた飲酒だとか喫煙だとかで入院中に規則を守らなかった男が強制的に退院させられて形の上では患者の治療拒否とのことで紹介状を持たされて転院する由厄介払いだなかばんを掛けて墓地に入っていく近道…

屋根の上で何かが

風の強い真夜中 屋根の上で何かが話をしている じゅくじゅくと泥を踏むような音が聞こえる それがどんな存在の発する音なのか そもそも生きているのか死んでいるのかもわからないが 寝ている耳には話し声なのだということがはっきりわかる それはたしかに声…

路地にて

塀のそばをとぼとぼ歩く 五月のゆくえはただ次の季節を目指し 露を散らしたばらを放つように咲かせている 人はいない 付き添いの影だけで 影と影が二人で歩いているのか 葉陰の路地になにかが焼けた匂いなど嗅ぎながら 片足ずつ夢の水脈をかきわけていると …

歓待

時の終わりの草はらに似てだだっ広い 岸にこぞうの形でかしこまっていると 食事をしていかないかと誘われる ありがたく受けて こぞうが背を伸ばす ここらでとれたこばんざめの 豪勢で彩り豊かな皿が届けられて 箸を腹に刺してやると うううう うううう なん…

不動の穴

庭でだいこんが生えそろっている 白くみずみずしいだいこんが土に刺さっている 知っているか だいこんの葉っぱには青虫が ものすごくよくつく ほんとうにきりがないほど だから割り箸でそいつの青首をひょいとつまんで 植木鉢の皿などにくねくねくねとのせて…

水族

美しい骸骨を持つ人に会った 美しい詩を書きなさいという彼女は まだ陸地を夢見ている 昨夜から降りはじめた雨は 静かに庭を濡らしている 窓ガラスに群がるおびただしい水滴 しずくの一粒一粒に映る 反転した光 それは雨がやめば消えてしまう たまゆらに過ぎ…

桃太郎

迎えにきた おまえを 切っ先を腹に埋めこんでいるさむらいを かつて桃太郎と呼ばれたおまえ 殿様の不興を買ったおまえ 梨の木の下で死を待つおまえ おお おれは鬼の屍 といっても はじめから鬼は屍であって 屍の生が鬼であるだけ 退治られても生きているのだ…

水切り

放り投げたものが渡っていく 橋が暗闇にかかっており おまえはそこんとこを疾走する 車の中の横顔を見たようだが 先ほどから雨脚は強くなり 強くなりしていく雨脚にまぎれて 見えない 遠く見えない石頭のうしろが 水切りのように渡っていくだけだ この世の縁…

夜道にて

夜道を歩いているとひんやりした腹が出る ひんやりした腹 ぷるんと豆腐のよう またぎ越していけばいいのにそれができなくて 地団駄踏んでるわたしの胸の奥に おたまじゃくしがわらわら湧いてくる これをおもいきり吐き出さなくちゃ これをおもいきり吐き出さ…

離れの母

離れの掘りごたつの中に母がいる 離れの掘りごたつの中にいる母は少女の姿で 絣の着物を着た古い時代の母である 古い時代の少女の姿の母は掘りごたつの中にいる 猫のように離れの掘りごたつの中にいる 少女の母は昔からいる猫のような 昔からいる母はわたし…

肉屋

かつて肉屋のおとこを愛していたことがあった 肉屋は肉屋だけあって包丁を使うのがとても上手で 朝から晩まで肉を切り続けているのだからそれは当然で 肉を包む新聞紙からじくじくと漏れている あたたかくも冷たくもない血が 生臭くも愛しい気分を起こさせた…

あしだか

あしだかというひょろ長いおんながうちにきて しばらくここに置いてくださいという これといってなにもお返しはできませんけれど お掃除くらいはさせていただきます そういって冷蔵庫の裏に陣取って かれこれ数ヶ月にもなる たまに姿を見かけるだけで邪魔に…

闇鍋

蟹が泳いでいた それを追ってわたしがきて 叔父がわたしを追いかけてきて 叔父を追いかけて姉もきていた だから家が火事になっても問題なかった みんなで食べた鍋は 罪の味がした

残されたもの

不発弾を掘り出したというので見にきたが 大きな穴が埋められもせず空いているだけだった 校庭には名残の雪が汚れた骨のようで からっ風が髪を乱して吹き去っていく 花壇にはパンジー どれも顔みたいに見える 池の鯉は氷の下で口をぱくぱくさせている 下校の…

<刑場通り>にて

刑場通りの夜は暗い かまどうまになったわたしたちは列をなし 水を求めてこの通りを進んでいった 途中 家々の窓はかたく閉ざされ 明かりもつけずにこちらを探る気配が窺える あの人たちも結局は同じ姿になるのだ わたしたちは互いに語る術を持たず ぽきぽき…

サトゥルヌス

庭から上がってきたのはサトゥルヌスである こんな雪の日に来るとは思っていなかったから ろくに用意もしておらず 急いで台所からあんぱんを出してくる あんぱんか という目で見られる 毛むくじゃらの手でためつすがめつしていたが それでも何もないよりまし…

自由

会合にも出た それから句会にも出た あとにはひと気のない座敷に一人きりで 茶を飲んで余韻を冷ましている 憂いはあらかた片付けてしまって 人に用立ててもらうものも特にない おもいきり火を使って料理するのもいいし かたつむりの中に塩を注いでやるのもい…

遠くから冷たい風が吹いてきて ぺろりと剥げた顔が排水口に吸いこまれた あわてて手を突っこんでももう遅い その日から鏡もガラスもすっかり曇ってしまい 自分の顔というものがわからなくなった 写真を見返してもぼんやりとして 拭われたような暗闇が残され…

赤飯三題

むかし 納屋の整理をした折 古箪笥の引き出しを開けると 中が炊きたての赤飯でいっぱいだったことがある 春の川でとれた蟹の甲羅を剥ぐと どの蟹にも赤飯がぎっしり詰まっていたこともある それからこういう話もある 美人で知られたおんなが病気で死んで 湯…

曇り空から縄が垂れている どこに続いているのか先は見えない 午後になると近所のものが集まってきて 突如現れたこの縄について協議しはじめた 一人がおれが片付けてやると言って前に出る 触らないほうがいいと皆は止めたが こういったあやかしには毅然と立…

むじな

それについては因縁がある なにせ前世の仇だから うららかな冬の日 わたしはそいつを探して山にきた 皮をなめして枕にしてやろうと思ったのだ 鉄砲をかかえ 神社の脇を通った時 昼寝しているそいつを見つけた こんなに簡単にいくものなのかと うまうまと鉄砲…

起こして

寝ているうちに夕方になった 夜になる前に起きなければならない けれどどうしても布団から出られなくて カーテンの陰にいる母に 起こして と言ってみる 母は不思議そうな顔をしている 見ているだけなら早く成仏すればいいのにと思う 起き上がる気力がなくな…

自作評

短歌「ぺちゃんこ猫」 ユーモアのセンスがないねあなたには ぺちゃんこ猫に怒られる朝 猫の轢死体を「ぺちゃんこ猫」と言い換えて、それが自身の死をユーモアとして笑い飛ばす趣向。特にどうということはないが日常的な悲惨を笑う道化的な振る舞いは重要。 …

もやしヶ原

眠りが足りなければ不思議なことが起きる その言葉を証明するかのように 何日も眠れずに机に向かっていると 足裏の感触がどことなくおかしい じゅうたんのあちこちからもやしが発芽して 生えに生えてとどまることを知らず いちめんにふよふよと風に吹かれて…

葬式

母が買い物から帰ってくる わたしは床で死んでいる そんなところで死んだらだめと母が言う なんだか気恥ずかしくなって起き上がり 葬式はいつになるの などと話している そうこうしているうちに親戚が集まってきて どこで都合したのか祭壇が組み上がる 豪勢…

うで

米びつから米をすくいあげていて 底になにか引っかかるものがあると思ったら しなびた腕がいっぽん 計量カップのふちに指を引っかけていた 取り出してごろりと畳に投げ出した それ 黒ずんだ腕はいつから米びつの中にあったのか わたしは知らないし家族も知ら…

おばけやしき

さっき来た人からおばけやしきの話を聞く 夜になるとあやしい光や音がよく目撃されるとのことで なかなか借り手がつかなかったのだが ある日 怪異は近所の子供の仕業だったと判明して ひとまずは一件落着したという もういいかげんに老朽化したその家は 一旦…

赤信号

赤信号で立ち止まったとき うしろから歩いてきた人がすうっと追い越していって そのままむこうへ渡ってしまった その自然な様子に呆然とする 自分もその人と同じようにして渡ってしまいたいのに いつ猛スピードで車が突っこんでくるかと 決心がつかなくてえ…

お供え

夜中に窓枠がぴしりと鳴る 夢のなかから呼び戻されて 枕元をさぐった手に触れるものがあり それは感触で人の耳だとわかる よく見えないがそれはたしかに二切れの耳で ゴムのおもちゃのようにも思える あるいは狩ったねずみを主人に供えるようにして 猫がここ…