肉屋

かつて肉屋のおとこを愛していたことがあった

肉屋は肉屋だけあって包丁を使うのがとても上手で

朝から晩まで肉を切り続けているのだからそれは当然で

肉を包む新聞紙からじくじくと漏れている

あたたかくも冷たくもない血が

生臭くも愛しい気分を起こさせたものだった

毎週金曜日になると決まって町外れで賭け事をする肉屋に

朝から晩まで活造りに切られるのを夢見た末に

黒い塊になった思いをおさえかねて

何度肉屋を憎んだことだろう 何度肉屋を

ばらばらの福笑いにしてやろうと考えたものだったろう

おまえは肉屋の透き通った包丁が死ぬほどうらやましかった

おまえは殺してやりたい気持ちを抱えている

おまえは殺してやりたい気持ちを抱えている

おまえは今でも殺してやりたい気持ちを

必死で押しとどめているだけの小人のあくび

田んぼの泥に沈む雛人形の背中に描かれた地図

廃屋の急須の底で腐っていくお茶っ葉に埋もれた蛆の見た夢

歌えない詩の言葉

折れた箸

石ころ

死にそびれた死