『清岡卓行詩集』

 

清岡卓行詩集 (現代詩文庫 第 1期5)

清岡卓行詩集 (現代詩文庫 第 1期5)

 

 「どこから世界を覗こうと/見るとはかすかに愛することであり/病患とは美しい肉体のより肉体的な劇であり/絶望とは生活のしっぽであってあたまではない」(「氷った焔」) 事物への抑えた愛を感じさせる筆致で、ささやかなものへの接し方に自然と品が宿る。それは戦争で故郷や友人を喪った後も生き長らえることの羞じらいと裏表なのかもしれない。過ぎ去ったもの、過ぎ去ろうとするものを慈しむ、甘美な詩。

 

続・清岡卓行詩集 (現代詩文庫)

続・清岡卓行詩集 (現代詩文庫)

 

 冒頭に収められた初期詩集が思いのほか良い。戦中戦後の古風な青春が文語で異化されて、今の世に望むべくもない明媚な輝きを放つ。その後にはランボーに捧げる長詩があり、元々の文語の音楽性にフランス詩の声調が合流したものが詩人の基調になっていることがわかる(クラシック音楽の趣味も垣間見える)。さらに歌声は散文に姿を変え、記憶と夢の領域へ。巻末のエッセイ類も知的かつ味わい深い。この人の書く小説に興味が湧いてきた。

 

続続・清岡卓行詩集 (現代詩文庫)

続続・清岡卓行詩集 (現代詩文庫)

 

シルクロードから発見された文物を題材にした諸篇など、具体的なものを通して過去や意識の時空に遊ぶ。それは、まるで記憶の中で凍りついた故郷をもう一度生きるように、詩人の中心を占める失われた大連を呼び覚ます手段になる。さらに我が子の姿に己を重ねて描く詩ではきらきらと小さな命が輝く。喪失の大きさに比例して現実は美しい。

幼い子よ 犬の夕闇が迫る

帰りの坂を 早く降りるがよい。

そしてせめて 眼にいっぱい

温かい涙を浮かべるがよい

生まれて初めての 人と別れの悲しみの玉を。

 

(「秋深く」)