『那珂太郎詩集』

 

那珂太郎詩集 (現代詩文庫 第 1期16)

那珂太郎詩集 (現代詩文庫 第 1期16)

 

 「無をまさぐる その断崖の/ゆびのをののき」(「てのひらの風景」) 虚無の中で営まれる生、無へと消尽していく生の無意味さに耐えながら書かれる詩は、やがて遊びの形式を得る。具体的には音や文字自体への着目であり、「すてきなステッキ/すて毛なステッ毛」(「<毛>のモチイフによる或る展覧会のためのエスキス」)といった笑ってしまうような詩句が現れる。だがこの遊びは虚無に支えられたものであってそれへの防塁でもあることを思えば、おかしくも戦慄を感じずにはいられないのだ。

 

続・那珂太郎詩集 (現代詩文庫)

続・那珂太郎詩集 (現代詩文庫)

 

 詩集『音楽』にて虚無を方法論と化した詩人は、言葉の形式によって得られる叙情、古典にも通じる叙情の世界へと歩みを進める。そこではこれまでに生きた無数の詩人の声がポリフォニックに揺曳し、詩人は声を合わせて合流するとともに、非人称の流れの中に澪を残して逝ってしまった人々への挽歌を歌う。おそらく自身の消滅をも見据えているのだろう。作品はどうにも掴みがたいが試みは稀有なものだ。