応地利明『絵地図の世界像』、ミロラド・パヴィチ『ハザール事典―夢の狩人たちの物語』

絵地図の世界像 (岩波新書)

絵地図の世界像 (岩波新書)

地図にはそれを用いた人々の世界観が刻印されており、各時代の地図を読み解くことは、人々の心性の変化を読み取ることである。本書は古地図に描かれた「異域」として天竺などがピックアップされ、仏教的世界観が近代に向けていかに変化したかをたどる。言い換えると、地理的知識の交流と蓄積をもとにしていかに近代的な地理情報が獲得されていったかということで、東アジアを中心とした三国世界観から近世ヨーロッパ的世界観へと移行していく。澁澤龍彦『高丘親王航海記』あたりがお好きな方はぜひ。

ハザール事典―夢の狩人たちの物語 男性版

ハザール事典―夢の狩人たちの物語 男性版

主人公が突然虫になったり口から兎を吐き出したりと、世に幻想文学と呼ばれるものは数あれど、そこには書かれたことの圏域から逃れられないというある種の限界がある。どんな奇想を盛り込んでも結局は想像力の高さ比べでしかないなどと嘯けば行き詰まるのは必然で、そうした限界の向こうに本当の幻想があるのだけれど、なかなか触れられる機会は少ない。本書は事典小説という特殊な形式を用いて限界の向こうを示唆する作品であり、項目と項目が呼び交わし互いに打ち消すことで、読者が想像によって能動的に幻想を引き出せるよう作られている。

読む人とタイミングによってそこに見出されるのは謎に包まれた国の歴史であり、夢の狩人の物語であり、言語や世界の認識論であり、宗教論争、殺人や恋愛でもある。読者は物語を夢見ることができるし、あるいは物語に夢見られていることを知ることができる。汲めども尽きせぬ泉のようなものとして本書を紐解かれたい。