須永朝彦『就眠儀式』、ボルヘス『汚辱の世界史』

就眠儀式―須永朝彦吸血鬼小説集 (1974年)

就眠儀式―須永朝彦吸血鬼小説集 (1974年)

須永朝彦の処女小説集。連作短篇の形式で耽美としか言い様のない吸血鬼の世界が繰り広げられる。たまたまこの古い版を手に入れたのだけど、旧字が端正な文章を素晴らしく引き立てており、美男子ばかりの吸血鬼が交わすホモエロティックな交歓は、甘ったるい血の匂いを芬々と漂わせている。永遠を生きる彼らの不毛な行いこそ、むしろ不毛ゆえに純粋にエロティックなのかもしれない、などと考えた。付録の吸血鬼文学の潮流を論じた小論もまた興味深い。

汚辱の世界史 (岩波文庫)

汚辱の世界史 (岩波文庫)

ボルヘス最初の短篇集。ビリー・ザ・キッドや吉良上野介を含む7人の悪党のエピソードをボルヘス流に脚色している。内気とはいえ芯に情熱を秘めているのがボルヘスで、こうしたアンチヒーローに憧れる心性もわからないではない。で、少し意外だったのが映画からの影響を公言している点。たしかにこの作品集ではかなり映画的な手法(場面の切り替え、劇的シーンの演出など)が見受けられる。のちに盲目になることを思えば皮肉だが、ボルヘスを読み解く上でこれらはたぶん大きな意味を持つだろう。

吉良上野介を討ち取った家臣たちが首級を持って主君の遺骸が眠る寺院へ急ぐシーン。朝ぼらけに「まだ夢のことのように思われる」と道を進む様子が幻想的でたまらない。

「われわれの住む世界はひとつの過失、無様なパロディである。鏡と父親はパロディを増殖し、肯定するがゆえに忌むべきものである」