田中純『冥府の建築家』、天沢退二郎『雪から花へ』

冥府の建築家―― ジルベール・クラヴェル伝

冥府の建築家―― ジルベール・クラヴェル伝

幻想小説『自殺協会』を著し、未来派演劇で活動、南イタリア・ポジターノに異形の塔を築いた人物の足跡をたどる。終生病と闘ったクラヴェルは、様々な芸術家と親交を深めながら活動し、古代エジプトへの憧憬を通して特異なオブセッションを抱くことになる。それはポジターノの塔の廃墟を、その地下を領土化しながら、やがて神話の古層にまで達していく。豊富な図版や書簡の裏には膨大な調査業がしのばれ、地道に事績を追う構成も見事。ことにクラヴェル自身が残した書簡の美しさはなんともいえない。何度も息を呑んだ。

幼少時の事柄、賢治全集の裏話や中島みゆき論、風俗論、はては鍋料理や行きつけの商店についてまでも収めたエッセイ集。まことに個人的な内容のものが多く(表紙は娘さん?の写真)、雑多ながら「天沢退二郎の本」としか言い表せない魔力に満ちた一冊になっている。氏のファンにとってはまずこの地を這うような文章がたまらないし、詩作・創作・翻訳・研究といったすべての領域に通じる夢魔の論理が、本人の言葉でもって惜しげもなく開陳される。そして、なんといっても食べ物の美味そうで不気味なこと。心から堪能した。

「《建物の魔》はむしろその姿を見せぬことを以てその存在の本質をあらわす。その姿は、その姿ならぬ姿によって現われ、その姿を見たものに死をもたらす」