『安西均詩集』、『牟礼慶子詩集』

 

安西均詩集 (現代詩文庫 第)

安西均詩集 (現代詩文庫 第)

 

 基本的には近代からの詩の伝統を感じさせる筆致ながら、平安の時代への憧憬をもとに多く書かれている。それは詩人の故郷・筑紫にゆかりの菅原道真をはじめとする文人たちへのシンパシーと永遠への郷愁であり、また「色男」を気取る態度の陰にも平安の世がちらつく。そしてこの人はなんというか単純に詩が巧い。書かれるものは総じてシャープな輪郭を持ち、その輪郭の鋭さゆえに余情が際立つ。「語ることによって腐爛していく純粋な時間、正確な屍骸を私は愛する。」(「屠殺記」) 

 

牟礼慶子詩集 (現代詩文庫)

牟礼慶子詩集 (現代詩文庫)

 

 個人的な印象だが女性詩人には必ずと言っていいほど自身の性への意思表明の詩があるように思う。それは社会・文化的な要因があるのだろうし、いかに女性が抑圧を感じて生きなければならなかったかということでもある。ある詩人は抑圧を跳ね返そうと高らかに歌い、あるいはこの牟礼慶子のように抑圧を内面化して、否定性を抱えて詩を書いた人がいる。それはもしかすると戦後詩の空虚に続いているのかもしれないが、自身のうちに抱え持った闇を馴致するために、多大な犠牲が払われる。闇の中でもがく鳥、そして闇を肥沃な土壌として生きる、一本の樹。

男性の立場で女性性云々をコメントするのはどうしても憚られる。だがこの人の抑圧の内面化は、僕自身も同様のロジックを以って詩を書いているので他人事とは思えなかった。少々囚われ過ぎじゃないかと思わないでもないけど、それだけ闇が深かったということなのだろう。

付け加えると、この人の場合は女性としての態度を決めろという圧力に対して、それを受け止めかねて曖昧な領域に留まったことで帰属する地面を失い、一生をかけて自己を確立する詩を書いたのだと思う。