シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』、四方田犬彦『空想旅行の修辞学―『ガリヴァー旅行記』論』
成長物語というジャンルがある。ある人物がなんらかの事件に遭遇し、それを克服して大人になるというもの。そうした物語は普遍的テーマであるがゆえに持てはやされ、再生産される。しかしながら、そう簡単に成長が可能なのだろうか、成長できない人間はどうなるのか?といった疑問も当然出てくる。あるいは、遭遇したものがあまりにも禍々しいものだとしたら? 本書は超常的なテーマを扱いながら、そのような現実の恐怖に支えられている。それがたまらなく怖い。底冷えするばかりの恐怖に、だが自分もこの物語と無縁ではないと納得もするのだ。
四方田犬彦の修士論文。『ガリヴァー旅行記』を古代ローマから現代に続くメニッペア(諷刺劇)の伝統に連なるものと捉え、それがどのように表れているかを精査する。メニッペアとは諷刺による相対化の運動であって、そのトリックスター的な伝統は、スウィフトを経過してサドやドストエフスキーに継承され、ディストピア小説の母体になった。絶え間ない諷刺はカーニバル的対話を生み出し、笑うものすら無事では済まされない異常事態へと進む。あまりに射程の広い論であって、これを二十代で物したとは驚嘆する。ある意味、文学を見切っているのでは。