シェイクスピア『タイタス・アンドロニカス』、ラス・カーズ『セント=ヘレナ覚書』

シェイクスピア全集 12 タイタス・アンドロニカス (ちくま文庫)

シェイクスピア全集 12 タイタス・アンドロニカス (ちくま文庫)

「この胸にあるのは復讐、手にあるのは死、頭のなかでがんがん鳴り響くのは報復の血祭りだ」 シェイクスピア最初期の作にして最も残虐性が高いといわれる。その評判の通り、謀略、陵辱、虐殺と、復讐に復讐を次ぐ陰惨な展開が続く。とはいえ文章の上ではわりとあっさり処理されるので初めから終わりまで澱みがなく、一作を通してひとつの轟音に耳を傾けていた感がある。ギリシャ悲劇の要素が随所に差し挟まれ、言葉遊びも多数。のちのシェイクスピアを予感しつつ血に酔った。

セント=ヘレナ覚書

セント=ヘレナ覚書

以前何の気なしに世界地図を眺めていた時に、アフリカ西の洋上に小さな島を見つけた。セント=ヘレナという聖女の名前を冠するこの島は、ナポレオン幽閉の地として知られている。本書は当地でのナポレオンの日々を、随行した侍従ラス・カーズの手で綴ったもの。正直なところナポレオンの事績については不案内ゆえ、大半を占める戦史記述はよくわからない。だが一度は全ヨーロッパに覇を唱えた人物の最後の姿は、たとえ敗残の時を過ごしているにしても、深く心を揺さぶる。特異なロマンを生きた精神の証言はいつまでも価値を失わないだろう。