杉浦日向子『百物語』、田中純『建築のエロティシズム』

百物語 (新潮文庫)

百物語 (新潮文庫)

怪談というものはそれが理性の範疇に組み入れられることで異界の香りを失う。人は理でもって闇を征服しがちだが、そうしてあとに残るのっぺりした世界に何程の魅力があろうか。本書は伝統的な百物語の形式を借り、不可思議な世界を軽やかな描線で描き出す。いつまでもわだかまり続けるような、それでいて歯切れのいい物語の数々は、まだ理外の闇が残っていた時代の空気を的確に伝えてくれ、まさに滋味掬すべき作品といえる。いや素晴らしかった。恐ろしくて風情のある百物語を堪能しました。

『冥府の建築家』に続いて手に取った。エロティシズムは論理にこそ宿るという観点から、1900年頃のヴィーンで活躍した著名人の思想を横断的に見る。建築家アドルフ・ロースを中心に、建築に現れた装飾、その背後に働く論理が、フロイトカフカヴィトゲンシュタイン…と次々に連関していく。ともすれば飛躍にもなりそうなアクロバティックな論の運びには知的に興奮させられるし、先に読んだ『冥府』を思わせるところも多々あって(というか出版の順番は逆なのだけど)、非常に楽しいひと時を過ごした。しばらく著者の思考を追ってみたい。