『明治の西洋館』

 

明治の西洋館〈1〉

明治の西洋館〈1〉

 

 お雇い外国人として招聘されたジョサイア・コンドルと、コンドルに師事した日本の建築家たち。それから長崎・横浜・函館などを窓口に訪れた外国人と、そこから独自に技術を習得した棟梁がいる。居留地住宅であるグラバー邸が南方植民地に適したスタイルを選択していたりと面白い。

和と洋では大まかに架構法が違う。日本の伝統的家屋は柱と梁でフレームを作り、屋根と床と壁を作る。西洋は石や煉瓦を積み上げてまず内と外を区切る。この違いによってプライバシーの観念も異なってくるだろう。

 

明治の西洋館〈2〉

明治の西洋館〈2〉

 

 コンドル自身はロマン主義的なゴシック建築を得意とし、弟子の辰野金吾はゴシックの華麗さにルネサンスを加味して日本における洋風建築の方向を定めた。一方、根生の棟梁たちは構造を伝統的な工法で行い、デザイン面で西洋を取り入れた。