写真集など

 

長屋迷路

長屋迷路

 

 東京・向島の風景。思えば東京は火災・震災・戦災の度に灰燼に帰していたわけで、外からの人の流入も激しく、まずもって生活を成り立たせるために「とりあえず」そこに居着くことが人々の意識の根底にある。下町のあの猥雑さも、日当たりや生活スペースを求めるという必要から生まれたものであるし、路地を侵食する植木鉢やトロ箱の植物群が生み出す独特の景観は、各住居から溢れ出た住人の意識を映し出すものと言ってもいい。そう考えると下町散策がより楽しくなりそうだ。

 

東京夢譚―labyrinthos

東京夢譚―labyrinthos

 

何の変哲もない東京の風景だがよくよく見ると写真のどこかにフックになる部分があり、ほのかに物語の気配を漂わせる。たとえば奇妙なオブジェ、新旧が並び立つシチュエーション、突き出した物干し竿や植木鉢、ドブ川に背を向ける建物群、増改築の跡。生活の息遣いだけが感じられて、人間のいない日常が進行しているような錯覚にとらわれる。その息遣いの定着こそが街のポートレイトだ。収録されているエッセイも街歩きのさなかに遭遇した人や物から夢想が広がっていくというもので、写真と併せて味わい深かった。

 

犬の時間

犬の時間

 

 制作経緯によれば70年代が中心の拾遺作品集らしい。森山大道のファンなら他の仕事に繋がるものを見つけて楽しめるかもしれない。自分は氏の作品にさほど触れたことがないので、粗い粒子の破滅的なイメージから、風景をカメラで切り取ることの暴力性のようなものを感じた。タイトルからの連想でもあるけれど、犬の牙によって無理やりに噛み千切られ、その衝撃で世界のぎざぎざの傷口があらわになっているというような。むしろ写真を撮ることは生きた世界を切り取って死物を生産すること、本来的に忌まわしい行為なのでは、などと考えた。

 

最後の楽園―梅木英治幻想画集

最後の楽園―梅木英治幻想画集

 

 国書刊行会『日本幻想文学集成』の装画で知られる版画家の作品集。メゾチントの暗い画面に象をはじめとした動物の頭部を持つ人物が存在感たっぷりに描かれている。夢幻とノスタルジーを漂わせつつもユーモアのある世界。がらんどうの甲冑の中に百合の花が咲き乱れる画が良かったな。

 

ウジェーヌ・アジェ回顧

ウジェーヌ・アジェ回顧

 

19世紀末から第一次世界大戦までの間、ベル・エポック期にパリの記録写真を撮り続けたウジェーヌ・アジェ。構図が決まりまくっているとはいえ、作家性を極力排したそのこと自体に強い意思が宿っているような写真で、場末や市井の人々まで撮っているのがポイント。記録者の眼差しとともに、観光地や有名人ばかりでない奥深いパリの風景が浮かび上がってくる。評伝によればアジェ自身は不遇の一生を送ったとのことでなんともいえない気持ちに。