『澁澤龍彦訳 暗黒怪奇短篇集』、塚本邦雄『定家百首―良夜爛漫』

 

 いくつかは創元の『怪奇小説傑作集4 フランス編』で既読。このアンソロジーのメインといえば、およそ半分ほどを占めるシュペルヴィエル「ひとさらい」だろう。子供をさらって育てることをライフワークとする男を描いた悲喜劇で、旧世界と新世界、理性と欲望、夢想と現実の間で引き裂かれる主人公の姿が、笑いと涙を誘う。なかなかにいい作品だけど、ただ、いかんせん長すぎて息切れしてしまうな。他のもそれぞれ面白いが一冊通して読むとどうにも玄人好みというか、澁澤龍彦の趣味に偏りすぎてしまった感じ。単純な「怪奇」を求めると火傷する。

 

定家百首―良夜爛漫 (1973年)
 

 定家略伝と、塚本邦雄の選による百首のそれぞれに訳と解説を付す。氏の解釈では定家はかなり虚無的な人物と見受けられ、おそらくかなりの偏りもあるのだろうが、まとまった形で定家の歌に触れてみたいと考えていた自分には恰好の一冊だった。美しさの奥の凄絶な暗さに慄然とする。

くり返し春のいとゆふいくよへて同じみどりの空に見ゆらむ

久方のなかなる川のうかひ舟いかにちぎりてやみを待つらむ

ふかき夜の花と月とにあかしつつよそにぞ消ゆるはるの釭

立ちのぼるみなみの果に雲はあれどてる日くまなき頃の虚

かきやりしその黒髪のすぢごとにうちふす程はおも影ぞ立つ

桃の花ながるる色をしるべとて浪にしたがふはるのさかづき

移香の身にしむばかりちぎるとてあふぎの風のゆくへ尋ねむ

にほひ来るまくらに寒き梅が香に暗き雨夜の星やいづらむ

尋ね見るつらき心の奥の海よ潮干の潟のいふかひもなし