中井英夫『薔薇幻視』、『中井英夫作品集』

 

 薔薇をめぐるエッセイ・欧州旅行記。氏にとって幻想の象徴たる薔薇は「薔薇ならぬ薔薇」であって、それは夢の彼方の青い薔薇、地中海の青そのままを映した薔薇である。語りの流麗さと、その反動のようにつきまとう後ろめたさの感覚が印象深い。

 この国に幻想の本質はついに無縁であり、それはあらゆる文化に及んでいる。こう考えると地下への旅は、出かける前から徒労に終りそうだが、もともと空しいこと、役に立たぬことばかりを大事にし、地上の繁栄などに寸毫も寄与しない決意の下でなくては、どんな幻想も花ひらくことはあり得ないだろう。

 

中井英夫作品集 (1969年)

中井英夫作品集 (1969年)

 

 「麤皮」「黒鳥譚」「青髭公の城」「虚無への供物」を収録(装丁は武満徹)。やはりメインは反推理小説と名高い「虚無」ではあるが、思っていたより普通に推理を繰り広げるもので、その方面の読者ではない自分にしてみれば退屈で仕方なかった。もっと枠組み自体を強烈に揺さぶってくれるものだとばかり。とはいえ、推理をするということが幻想を立ち上がらせることに通じている点は、推理小説幻想小説の相性の良さをうまく証だててくれたように思う。