『多田智満子詩集』、多田智満子『川のほとりに』

 

多田智満子詩集 (現代詩文庫 第)

多田智満子詩集 (現代詩文庫 第)

 

地中海の神話的なモチーフの中に自身の生を歌い込む。それは単純に古典古代への憧れでもあろうし、永劫回帰的なリズムへの感応でもある。だがそこに垣間見える横顔は寂しげで、歌声は時に叫びに近づく。「そうだ私がいま過ぎてきた若い多島海には/真新しい清潔な死体がひとつ沈んでいる」(「船のことば」)、「唇をよせると鏡が曇って/私は自分のためいきのむこうに消えてしまう/たとえば紋章の背後に貴族が/刺青の背後にならず者が消えるように」(「鏡」) 巻末のLSD体験記も重要。これは世界の秘密に触れているのでは。

 

川のほとりに

川のほとりに

 

 「死ぬのもなかなかいいものだよ/とお誘いがある」(「お誘い」) 西脇順三郎に捧げる詩から始まる本書では、老年に達した詩人が来るべき死を見据えた境地が描かれる。死を見据えるといってもあくまでも軽やかに、幽明の境があいまいになると言ったほうが正しいか。この世を泰然と眺め、過去を慈しむ眼には余裕さえ感じる。幻想譚として読める3篇の散文詩(というか短篇小説)も円熟が感じられて素晴らしい。